すがやみつるのデジタルマンガことはじめ(4-1)

世界初のデジタルマンガ作家?

 電気通信法が改正され、電電公社が民営化されてNTTになった1985年4月、私の人生において大きな転機となる出来事が起きました。それは、パソコン通信をはじめたことです。

 電気通信法の改正で、それまで電電公社が独占していた電話事業に新勢力が参入できるようになり、同時に電話回線に音声やファクシミリだけでなく、コンピューターのデータも流せるようになりました。その結果、音響カプラーやモデムパソコン通信が、日本でもできるようになったのです。

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 ただし、この時点での日本国内でのパソコン通信ネットはといえば、アスキーが開設したアスキーネットを除くと、アマチュアが運営する「草の根BBS」ばかりでした。

 私がパソコン通信をはじめたのは、F1レースの情報をしりたかったから。当時、日本ではF1レースのテレビ放映もなく、レース結果もスポーツ新聞に上位入賞者の名前が数行載るくらいでした。

 日本のパソコン通信ネットはBBS(掲示板)とメールくらいしかなく、ニュースのサービスをしているところはありませんでした。しかし、これがアメリカになると、すでにスタートしていたThe Source(ザ・ソース)、CompuServe(コンピュサーブ)といった商用パソコン通信サービスでは、BBSやメールのほかに、ショッピングやデータベース、ニュースといったサービスがありました。ニュースは、APやUPIなどの通信社、ワシントンポストなどの新聞社の記事が、自宅にいながら読めるのです。

 私の目的はF1レースの情報を知ることでしたから、当然のごとくアメリカのザ・ソースやコンピュサーブに入会し、ニュースを漁ることになりました。

 でも、アメリカのネットでわかるのは、自動車レースの情報だけではありません。コンピュサーブには、コミックブック・フォーラムというマンガ好きが集まるコーナーもあって、北米のマンガやアニメに関する情報があふれていました。

 この頃、コミックブック・フォーラムで、パソコンで描いたというマンガが話題になりました。Eric Millikinという12歳の少年が描いた“Witches and Stitches”というマンガで、これが「世界初のオンラインコミック」とされています。コンピュサーブが、彼のマンガをチェックなし(無検閲)で掲載したことでも話題になりました。

 当時の通信速度は300bpsで、画像を見るのは厳しかったため、このマンガはリアルタイムでは見ていません(後に見ましたが、印象には残っていません)。この作者は、その後、デジタルアーティストになり、現在も活躍していますが、小学生のときに描いたマンガについては触れてほしくないそうです。

世界初のデジタルマンガ『Shatter』

 この年の夏頃だったと思います。パソコン通信を通じて知り合った林伸夫さんという「日経パソコン」の編集者が、「アメリカでパソコンで描かれたマンガが出版されましたよ」と、そのマンガの紙面をFAXで送ってくれました。林さんは日本におけるMacのエバンジェリストでもあり、その後、「日経Mac」の編集長にもなった方です。

 送られてきたマンガのタイトルは「Shatter」。First Comicという出版社から刊行された、いわゆる「アメコミ」で、パソコンを使った世界初の商業デジタルマンガとされているではありませんか。どんなものか気になったので、コンピュサーブを通じて現物を取り寄せてみました。

 作者は Peter B. Gillis(ストーリー)と Mike Saenz(作画)の二人。Saenzは、1984年に発売された初代MacintoshでMacPaintという作画ソフトを使って作画をし、ドットプリンターでモノクロ原稿を打ち出す方法でマンガを描いていました。

 マンガはフルカラーですが、従来のアメコミと同様に、印刷段階でモノクロ原稿に着色する方式でした。ストーリーは、『ブレードランナー』のようなサイバーパンクSFでしたが、当時の英語力では完全には理解できませんでした。

(※右の写真は、後に「Graphic Novel」として出版された『Shatter』の総集編)

(図出展:http://www.computerhistory.org/atchm/the-dawn-of-computer-comics-shatter/

 パソコンで描かれたマンガを見て、自分でも試してみたいと思いましたが、当時、私が使っていたパソコンはNECのPC-9801でした。グラフィック機能は貧弱で、とてもマンガなど描けそうもありません。その頃、日本で、PC-9801を使ってデジタルマンガに取り組むマンガ家がいたのですが、そんなことは知らずにいました。

 Macならマンガが描けそうですが、問題は、その価格でした。しかし、1984年1月に発売された初代Macは70万円くらい。メモリーは128KBでした。9月にはメモリーを512KBに増やしたバージョンも出ましたが、値段は変わらなかったように思います。

 当時、『ゲームセンターあらし』は終わっていましたが、『一番わかりやすい株入門』というマンガ版株入門書が毎月のように増刷するなどしていましたので、Macを買えないことはありませんでした。でも、それにしても高すぎます。あきらめかけていたときに、一本の電話がかかってきました。

 それは「Macでマンガを描いてみないか?」という問い合わせの電話でした。「Macを代理店から貸してもらえることになったので、そのMacでマンガを描いてほしい」というのです。

 もちろん飛びつきました。「この仕事で行けそうな感触があったらMacを買うことにしよう」と考えてのことです。でも、いざ試してみると、Macでマンガを描くのは、予想以上に大変なことでした。

(この項、つづく)